大学卒業後、しばらく日本で資金を稼いだあと、ニュージーランドに移住しました。

近頃良く聞くこのネタ、すぐわかるこちらをブックマークしましょう

海外ホテル

異文化交流で深まった絆(男性24歳:アルバイト当時22歳)

●異国の空気のなかでのびのびと●

大学卒業後、しばらく日本で資金を稼いだあと、ニュージーランドに移住しました。でも用意した資金だけでは当然やっていけるわけもないので、現地でアルバイトを開始。そこで初めての勤務先がホテルでした。
仕事内容はいたって単純で、客室冷蔵庫のチェックと補充、賞味期限の管理と商品の入れ替え。手取りは700円前後です。火曜から日曜の朝7時から12時までの勤務でした。基本的に、周りのニュージーランドの人たちはのんびりとした気質。やることをしっかりとやれば、特に何か文句をいわれることはない。むしろ誉める文化なので、仕事をするだけで「ありがとう」「助かるよ」といつも声をかけられました。今までなかったことなので、それがすごく新鮮で、嬉しかったです。日本で働いていたころのように、ミスを恐れて仕事をするということはなく、のびのびとマイペースにできました。

●言葉を越えた交流●

海外へいった目的は、一応、語学を学ぶため。だからこそ苦労したのはやっぱり言葉でした。それでも、仕事仲間と話しているときは楽しかったですね。働いているのは日本人だけじゃなくて韓国、中国の人もいる。一応は英語で会話をするけれど、母国語で話し掛けられることもあります。最初は「ん?ん?」ってなるけれど、不思議なもので少しずつ通じ合っていくんです。それが嬉しかった。あと、観光地ということもあって、いろんな国の人に出会うことができました。毎朝早くて、仕事場まで歩いて30分もかかるので、それも辛かったのですが、また今日もいろんな人と会える、って思うと仕事場までいくのが楽しくなりました。最初はきついと感じていた英語での会話も、しばらくすると苦に感じなくなりました。時間が経つにつれて、日本語を話すより、英語を話すことのほうが楽しくなっていましたね。

●仲間との別れ●

他国の仲間から学ぶことは本当に多かったです。異文化について学ぶ機会が飛躍的に増えたことはとても大きかった。日本人同士で固まっていては得られないものですから。言葉だけでなく、考え方もこんなに違うのか、と驚きました。ただ、一緒に働いていくうえで、それを否定するのではなく、理解し合うということはやっぱり大切。文化が違うということで、より理解するために歩み寄ろうとした分、絆は深まったと思います。日本への帰国と同時に仕事を辞めるとき、何が辛かったってその仲間たちとの別れ。もう会えないんだ、と思うと帰るのが嫌になったほどでした。
海外で働くって、何か特別なことに感じる人もいるかもしれませんが、日本では学べないことも本当にたくさんあるので、積極的に挑戦してみるのがいいと思います。

ウェブマスターお薦め情報あります